子供の手を握って知った3つのこと。子育てって、自分の心も育ててくれる。

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こんにちは! ケロケロです。(@kerokero_DIY)

子供が生まれて、その手の中に抱いた時の感動は今でも覚えています。

でも、「父親」という実感が、今ひとつ良く分からなかったのです。
ツマは、今までお腹の中で育んできた子供を抱いて、甲斐甲斐しく子育てを行っております。

私も子供は可愛くて、オムツ替えたり、抱っこしてあやしたりしているのですが、
(父親って・・・こんな感じか?)
と思いながら、日々過ごしておりました。

みなさんの中にも、そのようなことを思われた方いませんか?

でも、あるとき、父親ってのが、ちょっとだけ分かった気がするんです。

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みみっちい事を考えていた

まだ、息子に出会う前、ツマのお腹にいた頃です。

名前を考えたり、生まれたら”ああしよう、こうしよう”と考えたり、楽しい時間を過ごしていました。

でも、どこか頭の片隅で

(自分の自由な時間も、なくなっちゃうかな・・・)

とも考えていたのです。
自分でも(小さい男じゃなぁ)なんて思っていました。

息子と初めて出会って

小さい・・・。手なんかこんなにちっちゃいんか。
そんな小さい手にも、更に小さく可愛いツメがついてて。

抱っこするのも、おっかなビックリで。

本当に可愛いです。 ツマはお疲れ様でした。

自由な時間はなくなりませんよ

ツマと息子はしばらくは、助産院です。

仕事から帰ると、家には私一人。
正に自由な時間ですね。

ちなみに、助産院だからかどうかは分かりませんが、夜でも会いに行って良いとのことでした。

なので、残業でもない限り、ほぼ毎日せっせと会いに行きましたよ。

それは、息子と(ついでにツマ)の顔を見るのが、一番楽しい自由な時間の使い方だからです!

息子が短い手足をせっせと動かしてるの見ると・・・もう、顔がニヤけてまう。 デレデレ。

それでも父の実感は

子供は確かに可愛いです。

でもこう、なんというか、いわば父性でしょうか。

可愛いと思うのが、父性なんかなぁ、と。 ちょっとピンとこない感じで日々が過ぎておりました。

息子の手を握った時

この時に初めて握ったというわけではないんですが、それは何の変哲もない、休日の朝でした。

バンザイの格好で寝てる息子

まだ寒々しい朝、布団から手を出して息子は寝ておりました。

赤ちゃんは、手足で体温調整をするらしく、手を出しっぱなしで冷たくも問題ないそうです。

とはいえ、やっぱり冷たそう。握ってみると・・・

(ハハッ、やっぱり冷たいわー)

その時、心の奥からフワーッと湧いてくる、不思議な気持ちがありました。

愛しさと

※ 本当は温める必要はないんですけど・・・

息子は、私が手を握ってることを知らない。

私も、別に知ってほしいなんて思わない。

もし、息子が困っていて、私の何かを必要とすることが息子のためになるんなら、喜んで差し出すでしょう。
もちろん、甘やかすわけではなく、息子の成長のためならということですけどね。

それを息子は知る必要はないし、当然見返りもいらない。

スヤスヤ眠る息子の顔を見て思いました。

(そうか・・・”愛おしい”ってこういう気持ちなんじゃな。)

切なさと

そう気付かされた矢先に、ハッとしました。
それは私にも言えることなんです。

私が知らないだけで、私の手を握っていてくれてたはずなんです。

考えてみれば、親孝行らしいことなんて、何もしてない。

「孝行のしたい時分に親はなし」

幸いまだ両親とも元気ですが、親がいつか居なくなってしまうのは、どうしようもない事実です。

(このことわざが、現実にならんようにせにゃあな。)

そう考えると、目の奥が熱くなります。

息子の手を通して、親への感謝が痛み入りました。

心強さを

自分の人生の主役は自分。
当たり前ですが、これまではそうでした。 でもこれからは・・・

自分の人生の主役は、”息子の成長を見守る自分”

ちょっと変な日本語ですが、あくまで主役は自分なんですけど、その中で優先順位が変わりました。

この子(とついでにツマ)のために、自分は泥水すするようなことがあっても頑張ろう、という意識が芽生えてきました。

キレイ事のように見えますけど、少なくとも意識は変わりました。

悲しい事件が多いです

親から子に対する、悲しい事件が多いです。

動機を聞いていると、本当に腸が煮えくり返るような内容で、悲しくてやりきれない思いが胸を打ちます。

まだ子供がいなかった頃、ニュースの街頭インタビューなどで
「自分の子のことを思うと・・・」
というコメントを、どこか他人事の目で見つめていました。

しかし、絵本を持ってニコニコ近づいて来て、私に絵本を渡して、ちょんと膝の上に座る子供を見ると、

本当になんでこんな悲しい事件が起きてしまうのか、理解に苦しみます。

そりゃあ、ギャーギャー泣いたり、物を投げたりすることもあるでしょう。

でも、そもそも子供なんだからと思うし、子供の自分もそうだったんですから。

むしろ、感情を表現しようとしている成長の証なんだなぁ。と、泣き顔も怒った顔も可愛いと思ってしまいます。

日々の成長を見るのが、本当に楽しい

最近、たどたどしくも、言葉を覚えてきたのですが、やはりアンパンマンがお気に入りです。

まぁ、それは良いんですが、「アンパン、アンパン」と敬称略をした、大変失礼な呼び方をしております。

でも、それが可笑しくって、ツマと二人、いつも笑ってしまいます。

そんな、何でもないようなことが幸せなんですね。

ん?・・・どっかで聞いたような。

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